
「め」さん、「お水取り」に行かれたのね。
羨ましいですね。
かつて奈良の二月堂にいったとき、頭の中でその「お水取り」のことをイメージし、いつかきっと見に来ようと思ったのでした。
さて、「お水取り」と言えば、「火」もしくは「炎」をすぐに思い浮かべます。
暗闇を火が走る…
火 がふりそそぐ…
水 のように…
わたしは勝手にそんな風に思っているのです。
水取や氷の僧の沓の音 松尾芭蕉
火が痩せて痩せて修二会の賭け廻る 山口誓子
「水」 と 「火」
かぎりなくその距離は遠いようで、そしてとても近いような…。
最近、お風呂場の電球が切れたをきっかけにして、蝋燭の灯りで入浴してます。
湯船につかりながら、うす暗闇のなかで蝋燭の炎だけを見つめる…
あかあかと燃えるその炎が、とてもつめたい光のように思える一瞬があり、そしてその炎が濡れているようにも思えるのです。
「火」 の不思議…。
わたしたちって、日常の時間に 火 を見つめる、ってことないと思うのです。
じっと、こうして 火 を見つめる。
あなたは、ありますか?
水 と同じように、けっしてその姿を変えることなく、太古から
ありつづける…。
明るい電球をとりもどした今も、電球をつけず
わたしは蝋燭の灯りになかで、
水 と 火 を思うぞんぶん味わっているのです。
(f)